半蔵の寝言《ねごと》だ。
 東照宮二百五十年忌を機会として大いに回天の翼を張ろうとした武家の夢もむなしい。金扇の馬印《うまじるし》を高くかかげて出発して来た江戸の方には、家茂公《いえもちこう》を失った後の上下のものが袖《そで》に絞る涙と、ことに江戸城奥向きでの尽きない悲嘆とが、帰東の公儀衆を待っていた。のみならず、あの大きな都会には将軍進発の当時にもまさる窮民の動揺があって、飢えに迫った老幼男女が群れをなし、その町々の名を記《しる》した紙の幟《のぼり》を押し立て、富有な町人などの店先に来て大道にひざまずき、米価はもちろん諸品|高直《たかね》で露命をつなぎがたいと言って、助力を求めるその形容は目も当てられないものがあるとさえ言わるる。富めるものは米一斗、あるいは五升、ないし一俵二俵と施し、その他雑穀、芋《いも》、味噌《みそ》、醤油《しょうゆ》を与えると、それらの窮民らは得るに従って雑炊《ぞうすい》となし、所々の鎮守《ちんじゅ》の社《やしろ》の空地《あきち》などに屯集《とんしゅう》して野宿するさまは物すごいとさえ言わるる。紀州はじめ諸藩士の家禄《かろく》は削減せられ、国札《こくさつ》の
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