もあって、とても一方の主将の任はお請けができない、今般自分が上京する主意は将軍の進発もあらせらるる時勢を傍観するに忍びないからであって、全く一己《いっこ》の微忠を尽くしたい存慮にほかならない、この上、しいて総督を命ぜられてもお請けは申し上げがたいと決心した次第である、事実自分には行き届かない、気の毒ではあるが悪《あ》しからず、ということであったのだ。この先手総督の引き受けには紀州でもよほど躊躇《ちゅうちょ》の色が見えた。先年来の大坂守備で国力もすでに尽きたと言って、十万両の軍用金を幕府に仰いだ上、ようやく出陣の将士を軍艦で和歌の浦から送り出したのは、前の年の十二月のことに当たる。
幕府の親藩でもこのとおりだ。水戸はまず疑われ、一橋は排斥せられ、尾州まで手を引いた。あだかも、十四代から続いた大身代《おおしんだい》が傾きかけて見ると、主家を思う親戚《しんせき》がかえって邪魔扱いにされて、一人《ひとり》去り、二人《ふたり》去りして行く趣に似ている。この際、どんな無理をしても一番の先鋒隊《せんぽうたい》から十六番隊までの諸隊を芸州表《げいしゅうおもて》に繰り出させ、長州はじめ幕府に離反するも
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