く前例のないことであった。いろいろな議論が出て、一座は鼎《かなえ》の沸くがごとくである。その時、山口|駿河《するが》は監察(目付)の向山栄五郎《むこうやまえいごろう》(黄村)と共に進み出て、将軍が臣下のことは黜陟《ちゅっちょく》褒貶《ほうへん》共に将軍の手にあるべきものと存ずる、しかるに、今朝廷からこの指令のあるのは将軍の権を奪うにもひとしい、将権がひとたび奪われたら天下の政事《まつりごと》はなしがたい、ただいま内外多端の際に喙《くちばし》を容《い》れてその主任の人を廃するのは将軍をして職掌を尽くさしめないのである、上は帝《みかど》の知遇を辱《はず》かしめ下は万民の希望にそむき祖先へ対しても実に面目ない次第だ、すみやかに大任を解き関東へ帰駿《きしゅん》あって、すこしも未練がましくない衷情を表されるこそしかるべきだと申し上げた。これにはだれも服さない。激しい声は席に満ちて来た。その時の家茂の言葉に、両人ともよく言った、その意見は至極《しごく》自分の意に適《かな》った、自分は弱年の身でこの大任を受け継いだとは言うものの、不幸にして内外多事な時にあたり、禍乱はしずめ得ず、人心は統御し得ず今ま
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