度は公方様《くぼうさま》の御進発だそうですよ。」
とまた伊之助が言って見せた。
「わたしもそのうわさは聞いて来ました。いよいよ事実でしょうか。まったく、これじゃ地方の人民は息がつけませんね。」
と言って半蔵は嘆息した。
街道も多忙な時であった。なんとなく雲行きの急なことを思わせるような公儀の役人衆の通行が続きに続いた。時には、三|挺《ちょう》の早駕籠《はやかご》が京都方面から急いで来た。そのあとには江戸行きの長持が暮れ合いから夜の五つ時《どき》過ぎまでも続いた。
長防再征の触れ書が馬籠の中央にある高札場に掲げられるようになったのも、それから間もなくであった。江戸から西の沿道諸駅へはすでに一貫目ずつの秣《まぐさ》と、百石ずつの糠《ぬか》と、十二石ずつの大豆を備えよとの布告が出た。普請役、および小人目付《こびとめつけ》は長防征討のために人馬の伝令休泊等の任務を命ぜられ、西の山陽道方面ではそのために助郷《すけごう》の課役を免ぜられた。
この将軍の進発には諸藩でも異論を唱えるものが続出した。越前家《えちぜんけ》でも備前家《びぜんけ》でも黙ってみている場合でないとして、不賛成を意味
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