て見せるのは伴野から来た連中だ。
清内路を経て、馬籠、中津川へ。浪士らの行路はその時変更せらるることに決した。
「諸君――これから一里北へ引き返してください。山本というところから右に折れて、清内路の方へ向かうようにしてください。」
道中掛りはそのことを諸隊に触れて回った。
伊那の谷から木曾の西のはずれへ出るには、大平峠《おおだいらとうげ》を越えるか、梨子野峠《なしのとうげ》を越えるか、いずれにしても奥山の道をたどらねばならない。木曾下四宿への当分|助郷《すけごう》、あるいは大助郷の勤めとして、伊那百十九か村の村民が行き悩むのもその道だ。木から落ちる山蛭《やまびる》、往来《ゆきき》の人に取りつく蚋《ぶよ》、勁《つよ》い風に鳴る熊笹《くまざさ》、そのおりおりの路傍に見つけるものを引き合いに出さないまでも、昼でも暗い森林の谷は四里あまりにわたっている。旅するものはそこに杣《そま》の生活と、わずかな桑畠《くわばたけ》と、米穀も実らないような寒い土地とを見いだす。その深い山間《やまあい》を分けて、浪士らは和田峠合戦以来の負傷者から十数門の大砲までも運ばねばならない。
三
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