ひろげて出す金兵衛さんのような細かさは、半蔵さまにはありません。」
「金兵衛さんの言い草がいいじゃないか。半蔵に問屋場を預けて置くのは、米の値を知らない番人に米蔵を預けて置くようなものだとさ。あの人の言うことは鋭い。」
「まあ、栄吉さんも来てくれたものですし、そう大旦那のように御心配なすったものでもありません。見ていてください。半蔵さまだってなかなかやりますよ。」
「清助さん、」とその時、吉左衛門は相手の言うことをさえぎった。「この話はこのくらいにして、おれが一つ将棋のたとえを出すよ。お互いに好きな道だからね。一歩《ひとあし》ずつ進む駒《こま》もある。一足飛びに飛ぶ駒もある。ある駒は飛ぶことはできても一歩《ひとあし》ずつ進むことは知らない。ある駒はまた、一歩ずつ進むことはできても飛ぶことは知らない。この街道に生まれて来る人間だって、そのとおりさ。一気に飛ぶこともできれば、一歩ずつ進むこともできるような、そんな駒はめったに生まれて来るもんじゃないね。」
「そうすると、大旦那、あの金兵衛さんなぞは、さしずめどういう駒でしょう。」
「将棋で言えば、成った駒だね。人間もあそこまで行けば、まあ、
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