る。あるいは、政権返上の後は諸侯割拠の恐れがあろうとの説を出すものもあるが、今日すでに割拠の実があるではないか。幕府の威令は行なわれない。諸侯を召しても事を左右に託して来たらない。これは幕府に対してばかりでなく、朝命ですら同様の状態にある。この際、朝威を輔《たす》け、諸侯と共に王命を奉戴《ほうたい》して、外国の防侮に力を尽くさなかったら、この日本のことはいかんともすることができないかもしれないと。
慶喜の意は決した。十月十三日には政権返上のことを列藩に通じ、十四日にはその事を御奏聞に達した。そしてこの大政奉還と、引き続く将軍職の拝辞とによって、まことの公武一和の精神がいかなるものであるかを明らかにした。あだかも高く飛ぶことを知る鳥は、風を迎え翼を収めることを知っていて、自然と自分を持って行ってくれる風の力に身を任せようとするかのように。
六
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ええじゃないか、ええじゃないか
挽《ひ》いておくれよ一番挽きを
二番挽きにはわしが挽く
ええじゃないか、ええじゃないか
ええじゃないか、ええじゃないか
臼《うす》の軽さよ相手のよさよ
相手かわるなあすの夜も
ええじゃないか、ええじゃないか
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馬籠《まごめ》の宿場では、毎日のように謡《うた》の囃子《はやし》に調子を合わせて、おもしろおかしく往来を踊り歩く村の人たちの声が起こった。
十五代将軍が大政奉還のうわさの民間に知れ渡るとともに、種々《さまざま》な流言のしきりに伝わって来るころだ。その中で不思議なお札が諸方に降り始めたとの評判が立った。同時に、どこから起こったとも言えないような「ええじゃないか」の句に、いろいろな唄《うた》の文句や滑稽《こっけい》な言葉などをはさんで囃《はや》し立てることが流行《はや》って来た。
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ええじゃないか、ええじゃないか
こよい摺《す》る臼《す》はもう知れたもの
婆々《ばば》さ夜食の鍋《なべ》かけろ
ええじゃないか、ええじゃないか
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だれもがこんな謡《うた》の囃子《はやし》を小ばかにし、またよろこび迎えた。その調子は卑猥《ひわい》ですらあるけれども、陽気で滑稽なところに親しみを覚えさせる。何かしら行儀正しいものを打ち壊《こわ》すような野蛮に響く力がある。
この「ええじゃないか」が村の年寄りや女子供までを浮き浮きとさせた。そこへお札だ。荒町《あらまち》にある氏神《うじがみ》の境内へ下った諏訪《すわ》本社のお札を降り始めとして、問屋の裏小屋の屋根へも伊勢《いせ》太神宮のお札がお下《さが》りになったとか、桝田屋《ますだや》の坪庭へも同様であると言われると、それ祝えということになって、村の若い衆なぞの中には襦袢《じゅばん》一枚で踊り狂いながら祝いに行くという騒ぎだ。お札の降った家では幸福があるとして、餅《もち》をつくやら、四斗樽《しとだる》をあけるやら、それを一同に振る舞って非常な縁起《えんぎ》を祝った。
だれもがまた、こんな不思議を疑い、かつ信じた。実際、明るい青空からお札がちらちら降って来たのを目撃したと言うものがあり、何かこれは伊勢太神宮のお告げだと言うものがあり、豊年の瑞兆《ずいちょう》だと言って見るものもある。このにぎやかな「えいじゃないか」の騒動は木曾地方にのみ限らなかった。京大坂の方面から街道を下って来る旅人の話も戸《こ》ごとに神棚《かみだな》をこしらえ、拾ったお札を祭り、中には笛太鼓の鳴り物入りで老幼男女の差別なく花やかな衣裳《いしょう》を着けながら市中を踊り回るという賑々《にぎにぎ》しさで持ち切った。
不思議なお札と、熱狂する「ええじゃないか」と。まるで町内は時ならぬ祭礼の光景を出現するようになった。こんな意外なものが、つい三、四月あたりまで食うや食わずの凶年に騒いでいた馬籠あたりの村民を待ち受けていようとは。それは一切の過去の哀傷を葬り去ろうとするような大きな騒動にまで各地に広がった。そして、多くの人の心を酔うばかりにさせた。
熱田《あつた》太神宮のお札は蓬莱屋《ほうらいや》の庭の椿《つばき》の枝へも降り、伏見屋の表格子《おもてごうし》の内へも降り、梅屋の裏座敷の庭先にある高塀《たかべい》の上へも降った。まだそのほかに、八幡宮のお札の降ったところが二か所もある。いずれも奇異の思いに打たれて、ありがたく頂戴《ちょうだい》したという。こうなると、人一倍精力のあるとともにまた迷信も深い上の伏見屋の隠居はじっとしていない。どんな金満家でもこんな祝いの時の酒や投げ餅を出し惜しむものは流行節《はやりぶし》に合わせて「貧乏せ、貧乏せ」と囃《はや》し立てられると聞いては、なおなお黙って引っ込んでいない。桝田屋で四斗の餅を投げたものなら、こ
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