かまい》追放となった。
 ある日、半蔵は本陣の店座敷から西側の廊下を通って、家のものの集まっている仲の間へ行って見た。継母のおまんはお民を相手に糸などを巻きながら、日光大法会のうわさをしたり、水戸浪士のうわさをしたりしている。おまんは糸巻きを手にしている。お民は山梔色《くちなしいろ》の染め糸を両手に掛けている。おまんがすこしずつ繰るたびに、その染め糸の束《たば》はお民の両手を回って、順にほどけて行った。廂《ひさし》の深い障子の間からさし込む日光はその黄な染め糸の色を明るく見せている。
「お母《っか》さんもお聞きでしたか。」と半蔵は言った。「いよいよ耕雲斎たちの首級《くび》も江戸から水戸へ回されたそうですね。あの城下町を引き回されたそうですね。」
 おまんはお民の手にからまる染め糸をほぐしほぐし、「どうも、えらい話さ。お父《とっ》さん(吉左衛門)もそう言っていたよ、三百五十人からの死罪なんて、こんな話は今まで聞いたこともないッて。」
 その時、半蔵は江戸の方から来た聞書《ききがき》を取り出して、それを継母や妻にひろげて見せた。武田らの遺族で刑せられたものの名がそこに出ていた。武田伊賀の妻で四十八歳になるときの名も出ていた。八歳になる忰《せがれ》の桃丸《ももまる》、三歳になる兼吉《かねよし》の名も出ていた。それから、武田|彦右衛門《ひこえもん》の忰で十二歳になる三郎、十歳になる二男の金四郎、八歳になる三男の熊五郎《くまごろう》の名も出ていた。この六名はみな死罪で、ことに桃丸と三郎の二名は梟首《さらしくび》を命ぜられた。
「市川党もずいぶん惨酷《ざんこく》をきわめましたね。こいつを生かして置いたら、仇《あだ》を復《かえ》される時があるとでも思うんでしょうか。それにしても、こんな罪もない幼いものにまで極刑を加えるなんて、あさましくなる。」
 と半蔵が言う。
「まあ、お母《っか》さん、ここに武田伊賀忰、桃丸、八歳とありますよ。吾家《うち》の宗太の年齢《とし》ですよ。」とお民もそれをおまんに言って見せた。
「そう言えば、あの遺族が牢屋《ろうや》に入れられていますと、そこへ牢屋の役人が耕雲斎以下の首を持って来まして、牢屋の外からその首を見せたと言いますよ。今は花見時だ、お前たちはこの花を見ろと、そう役人が言ったそうですよ。」
「どういうつもりで、そんなことを言ったものかいなあ。」とおまんも半蔵夫婦の顔を見比べながら、
「遺族にお別れをさせるつもりだったのか、それとも辱《は》じしめるつもりだったのか。」
「実にけしからん、無情な事をしたものだッて、そう言わないものはありませんよ。」
 武田、山国、田丸らが遺族の男の子は死罪に、女の子は永牢を命ぜられた。そのうち、永牢を申し渡されたものの名は次のように出ていた。
[#地から11字上げ]武田伊賀娘
[#地から7字上げ]よし
[#地から6字上げ]十一歳
[#地から14字上げ]同妾《めかけ》
[#地から7字上げ]むめ
[#地から6字上げ]十八歳
[#地から9字上げ]武田彦右衛門妻
[#地から7字上げ]いく
[#地から6字上げ]四十三歳
[#地から11字上げ]山国兵部妻
[#地から7字上げ]なつ
[#地から6字上げ]五十歳
[#地から14字上げ]同娘
[#地から7字上げ]ちい
[#地から6字上げ]三十歳
[#地から8字上げ]山国|淳一郎《じゅんいちろう》娘
[#地から7字上げ]みよ
[#地から6字上げ]十一歳
[#地から14字上げ]同娘
[#地から7字上げ]ゆき
[#地から6字上げ]七歳
[#地から14字上げ]同娘
[#地から7字上げ]くに
[#地から6字上げ]五歳
[#地から9字上げ]田丸稲右衛門娘
[#地から7字上げ]まつ
[#地から6字上げ]十九歳
[#地から14字上げ]同娘
[#地から7字上げ]むめ
[#地から6字上げ]十歳
 おまんは言った。
「半蔵、あのお父《とっ》さんがこれを見たら、なんと言うだろうね。こないだも裏の隠居所の方で何を言い出すかと思ったら、あゝあゝ、おれも六十七の歳《とし》まで生きて、この世の末を見過ぎたわいとさ。」

       四

 参覲交代制度の復活が幕府の期待を裏切ったことは、諸藩の人心がすでに幕府を去ったことを示した。すこしく当時の形勢を注意して見るものは諸藩が各自に発展の道を講じはじめたことを見いだす。海運業のにわかな発達、船舶の増加、学生の海外留学なぞは皆その結果で、その他あるいは兵制に、あるいは物産に、後日のために計るものはいずれもまず力をその藩に尽くしはじめた。
 中国の大藩、御三家の一つなる尾州ですらこの例にもれない。そのことは尾州家の領地なる木曾地方にもあらわれて、一層の注意が森林の保護と良材の運輸とに向けられ、塩の|買〆《かいしめ》も行なわれ、御嶽
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