八挺の鉄砲と二頭の騎馬とで、その身を護《まも》ることを考えねばならなくなったのだ。
 毎月上半期を半蔵の家の方で、下半期を九太夫《くだゆう》方で交替に開く問屋場《といやば》は、ちょうどこちらの順番に当たっていた。吉左衛門の足はその方へ向いた。そこには書役《かきやく》という形で新たにはいった亀屋栄吉《かめやえいきち》が早く出勤していて、小使いの男と二人《ふたり》でそこいらを片づけている。栄吉は吉左衛門が実家を相続しているもので、吉左衛門の甥《おい》にあたり、半蔵とは従兄弟《いとこ》同志の間柄にあたる。問屋としての半蔵の仕事を手伝わせるために、わざわざ吉左衛門が見立てたのもこの栄吉だ。
「叔父《おじ》さん、早いじゃありませんか。」
「あゝ。もう半蔵も帰りそうなものだと思って、ちょっとそこいらを見回りに来たよ。だいぶ荷もたまってるようだね。」
「それですか。それは福島行きの荷です。けさはまだ峠の牛が降りて来ません。」
 栄吉は問屋場の御改《おあらた》め所《じょ》になっている小さい高台のところへ来て、その上に手を置き、吉左衛門はまたその前の羽目板《はめいた》に身を寄せ、蹴込《けこ》みのところに立ったままで、敷居の上と下とで言葉をかわしていた。吉左衛門のつもりでは、退職後の問屋の帳面にも一応は目を通し、半蔵の勤めぶりに安心の行くかどうかを確かめて、青山親子が職業に怠りのあるとは言われたくないためであった。でも、彼はすぐにそんなことを言い出しかねて、栄吉の方から言い出すいろいろな問屋場の近況に耳を傾けていた。
「大旦那《おおだんな》、店座敷(ここは宿役人の詰め所をさす)の方でお茶を一つお上がり。まだ役人衆はどなたも見えていませんから。」
 と小使いの男が言う。吉左衛門はそれをきッかけに、砂利《じゃり》で堅めた土間を通って、宿役人の詰め所の上がり端《はな》の方へ行って腰掛けた。そこは会所と呼んでいるところで、伏見屋、桝田屋《ますだや》、蓬莱屋《ほうらいや》、梅屋とこの四人の年寄役のほかに、今一軒の問屋|九郎兵衛《くろべえ》なぞが事あるごとに相談に集まる場所だ。吉左衛門はその上がり端のところに杖《つえ》を置いて、腰掛けたままで茶を飲んだ。それから甥《おい》の方へ声をかけた。
「栄吉、問屋場の帳面をここへ見せてくれないか。ちょっとおれは調べたいことがある。」
 その時、栄吉は助郷《す
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