持ち越して、やがて馬籠の宿では十月を迎えるようになった。
そろそろ峠の上へは冷たい雨もやって来る。その秋深い空気の中で、大坂を出立する幕府方の諸団体が木曾街道筋を下って帰途につくとの前触れも伝わって来る。その日取りは、十月の十三日から二十五日まで、およそ十三日間の大通行ということもほぼ明らかになった。
半蔵の手伝いとして本陣へ通《かよ》って来る清助は彼のそばへ寄って言った。
「半蔵さま、宿割は。」
「今度の御通行かい。たぶん、三留野《みどの》のお泊まりで、馬籠はお昼休みになるでしょう。」
「また街道はごたごたしますね。」
この清助ばかりでなく、十三日間の通行と聞いては問屋場に働く栄吉まで目を円《まる》くした。
間もなく、木曾福島からの役人衆も出張して来て、諸団体休泊の割当ても始まった。本陣としての半蔵の家は言うまでもなく、隣家の伊之助方も休泊所に当てられ、金兵衛の隠宅までが福島役人衆の宿を命ぜられた。こういう中で、助郷、その他のことを案じながら、よく半蔵を見に来るのは伊之助だ。
伊之助は思い出したように言った。
「でも、どんなものでしょうなあ、戦《いくさ》に敗《ま》けて帰って来るというやつは。」
こんなふうで半蔵らは大坂から出立して来る公儀衆をこの街道に待ち受けた。
はたしてさびしい幕府方の総退却だ。その月の十五日には、予定の日取りよりややおくれて、西から下向《げこう》の団体が続々と宿場に繰り込んで来た。十七日となると、人馬の継立《つぎた》てが取り込んで、宿役人仲間の心づかいも一通りでない。日によっては隣村山口、湯舟沢からの人足も不参で、馬籠の宿場では草刈りの女馬まで狩り出し、それを荷送りの役に当てた。木曾福島から出張している役人衆の中には、宿の方の混雑を心配して、夜中に馬籠から発《た》つものもある。
この大通行は二十三日までも続いた。まだそれでもあとからあとからと繰り込んで来る隊伍《たいご》がある。この馬籠峠の上まで来て昼食の時を送って行く武家衆はほとんど戦争の話をしない。戦地の方のことも語らない。ただ、もう一度江戸を見うる日のことばかりを語り合って行った。
ある朝、半蔵は会所の前にいた。そこへ宿方の用談をもって妻籠《つまご》の寿平次が彼を訪《たず》ねて来た。
「寿平次さん、まあおはいりなさるさ。こんなところに立っていては話もできない。役人衆もく
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