、山間わずかの田畑にて、宿内食料は近隣より買い入れ、塩、綿、油等は申すに及ばず、薪炭《まきすみ》等に至るまで残らず他村より買い入れ取り用い候儀につき、至って助成薄く、毎年借財相かさみ、難渋罷りあり候。
――往還御役の儀、役人どもはじめ、御伝馬役、歩行役、七里役相勤め、嶮岨の丁場《ちょうば》日々折り返し艱難《かんなん》辛勤仕り、冬春の雪道、凍り道等の節は、荷物|仕分《しわけ》に候わでは持ち堪《こた》えがたく、病み馬痩せ馬等も多くでき、余儀なく仕替馬《しかえうま》つかまつり候わでは相勤めがたく、右につき年々お救い米《まい》ならびに増しお救い金等下しおかれ、おかげをもって引き続き相勤め来たり候えども、近年馬買い入れ値段格外に引き揚げ、仕替馬買い入れの儀も少金にては行き届かず、かつまた、嶮岨の往還|沓草鞋《くつわらじ》等も多く踏み破り候ことゆえ、お定め賃銭のみにてはなにぶん引き足り申さず、隣宿より帰り荷物等にて雇い銭取り候儀も、下地馬《したじうま》の飼い立て不行き届きにつき、重荷は持ち堪《こた》えがたく、眼前の利益に離れ候次第、難渋言語に絶し候儀に御座候。
――農作の儀、扣《ひか》え地内《ちない》狭少につき、近隣村々へ年々運上金差し出し、草場借り受け、あるいは一里二里にも及ぶ遠方馬足も相立たざる嶮岨へ罷り越し、笹《ささ》刈り、背負い、持ち運び等仕り、ようやく田地を養い候ほどの為体《ていたらく》、お百姓どもも近村に引き比べては一層の艱苦《かんく》仕り候儀に御座候……」
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読みかけて半蔵は深いため息をついた。
「伊之助さん、わたしは吾家《うち》の阿爺《おやじ》から本陣問屋庄屋の三役を譲られた時、そう思いました。よくあの阿爺たちはこんなめんどうな仕事をやって来たものだと。わたしの代になって、かえって宿方の借財をふやしてしまったようなものです。これがあの阿爺でしたら、もっとよくやれたかもしれません。わたしは実にこんな経済の下手《へた》な男です。」
その願書の中には、安政五年異国交易御免以来の諸物価が格外に騰貴したことから、同年の冬十一月、および万延元年十月の両度に村の火災のあったことも言ってある。文久元年の和宮様の御下向、同三年の尾州藩主|上洛《じょうらく》に引き続いて、諸藩の家族方が帰国、犬千代公ならびに家中衆の入国、十四代将軍が京都より還御のおりの諸
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