とおまんも半蔵夫婦の顔を見比べながら、
「遺族にお別れをさせるつもりだったのか、それとも辱《は》じしめるつもりだったのか。」
「実にけしからん、無情な事をしたものだッて、そう言わないものはありませんよ。」
 武田、山国、田丸らが遺族の男の子は死罪に、女の子は永牢を命ぜられた。そのうち、永牢を申し渡されたものの名は次のように出ていた。
[#地から11字上げ]武田伊賀娘
[#地から7字上げ]よし
[#地から6字上げ]十一歳
[#地から14字上げ]同妾《めかけ》
[#地から7字上げ]むめ
[#地から6字上げ]十八歳
[#地から9字上げ]武田彦右衛門妻
[#地から7字上げ]いく
[#地から6字上げ]四十三歳
[#地から11字上げ]山国兵部妻
[#地から7字上げ]なつ
[#地から6字上げ]五十歳
[#地から14字上げ]同娘
[#地から7字上げ]ちい
[#地から6字上げ]三十歳
[#地から8字上げ]山国|淳一郎《じゅんいちろう》娘
[#地から7字上げ]みよ
[#地から6字上げ]十一歳
[#地から14字上げ]同娘
[#地から7字上げ]ゆき
[#地から6字上げ]七歳
[#地から14字上げ]同娘
[#地から7字上げ]くに
[#地から6字上げ]五歳
[#地から9字上げ]田丸稲右衛門娘
[#地から7字上げ]まつ
[#地から6字上げ]十九歳
[#地から14字上げ]同娘
[#地から7字上げ]むめ
[#地から6字上げ]十歳
 おまんは言った。
「半蔵、あのお父《とっ》さんがこれを見たら、なんと言うだろうね。こないだも裏の隠居所の方で何を言い出すかと思ったら、あゝあゝ、おれも六十七の歳《とし》まで生きて、この世の末を見過ぎたわいとさ。」

       四

 参覲交代制度の復活が幕府の期待を裏切ったことは、諸藩の人心がすでに幕府を去ったことを示した。すこしく当時の形勢を注意して見るものは諸藩が各自に発展の道を講じはじめたことを見いだす。海運業のにわかな発達、船舶の増加、学生の海外留学なぞは皆その結果で、その他あるいは兵制に、あるいは物産に、後日のために計るものはいずれもまず力をその藩に尽くしはじめた。
 中国の大藩、御三家の一つなる尾州ですらこの例にもれない。そのことは尾州家の領地なる木曾地方にもあらわれて、一層の注意が森林の保護と良材の運輸とに向けられ、塩の|買〆《かいしめ》も行なわれ、御嶽
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