な時世じゃない。」
と考えた。
そこへお民が来た。お民はまだ十八の春を迎えたばかり、妻籠《つまご》本陣への里帰りを済ましたころから眉《まゆ》を剃《そ》り落としていて、いくらか顔のかたちはちがったが、動作は一層生き生きとして来た。
「あなたの好きなねぶ茶をいれて来ました。あなたはまた、何をそんなに考えておいでなさるの。」
とお民がきいた。ねぶ茶とは山家で手造りにする飲料である。
「おれか。おれは何も考えていない。ただ、こうしてぼんやりしている。お前とおれと、二人一緒になってから百日の余にもなるが――そうだ、百日どころじゃないや、もう四か月にもなるんだ――その間、おれは何をしていたかと思うようだ。阿爺《おやじ》の好きな煙草《たばこ》の葉を刻んだことと、祖母《おばあ》さんの看病をしたことと、まあそれくらいのものだ。」
半蔵は新婚のよろこびに酔ってばかりもいなかった。学業の怠りを嘆くようにして、それをお民に言って見せた。
「わたしはお節句のことを話そうと思うのに、あなたはそんなに考えてばかりいるんですもの。だって、もう三月は来てるじゃありませんか。この御通行が済むまでは、どうすることも
前へ
次へ
全473ページ中93ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング