武力にも訴えかねまじき勢いで、幕府に開港を迫っているとのうわさすら伝わっている。全国の諸大名が江戸城に集まって、交易を許すか許すまいかの大評定《だいひょうじょう》も始まろうとしているという。半蔵はその年の正月二十五日に、尾州から江戸送りの大筒《おおづつ》の大砲や、軍用の長持が二十二|棹《さお》もこの街道に続いたことを思い出し、一人持ちの荷物だけでも二十一|荷《か》もあったことを思い出して、目の前を通る人足や荷馬の群れをながめていた。
 半蔵が家の方へ戻《もど》って行って見ると、吉左衛門はゆっくりしたもので、炉ばたで朝茶をやっていた。その時、半蔵はきいて見た。
「お父《とっ》さん、けさ着いたのはみんな尾州の荷物でしょう。」
「そうさ。」
「この荷物は幾日ぐらい続きましょう。」
「さあ、三日も続くかな。この前に唐人船《とうじんぶね》の来た時は、上のものも下のものも大あわてさ。今度は戦争にはなるまいよ。何にしても尾州の殿様も御苦労さまだ。」
 馬籠の本陣親子が尾張《おわり》藩主に特別の好意を寄せていたのは、ただあの殿様が木曾谷《きそだに》や尾張地方の大領主であるというばかりではない。吉左衛門
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