けている人に、その人の信仰に、行く行く反対を見いだすかもしれなかった。
こんな本陣の子息《むすこ》が待つとも知らずに、松雲の一行は十曲峠の険しい坂路《さかみち》を登って来て、予定の時刻よりおくれて峠の茶屋に着いた。
松雲は、出迎えの人たちの予想に反して、それほど旅やつれのした様子もなかった。六年の長い月日を行脚《あんぎゃ》の旅に送り、さらに京都本山まで出かけて行って来た人とは見えなかった。一行六、七人のうち、こちらから行った馬籠の人足たちのほかに、中津川からは宗泉寺の老和尚も松雲に付き添って来た。
「これは恐れ入りました。ありがとうございました。」
と言いながら松雲は笠《かさ》の紐《ひも》をといて、半蔵の前にも、庄兵衛たちの前にもお辞儀をした。
「鶴さんですか。見ちがえるように大きくお成りでしたね。」
とまた松雲は言って、そこに立つ伏見屋の子息《むすこ》の前にもお辞儀をした。手賀野村からの雨中の旅で、笠《かさ》も草鞋《わらじ》もぬれて来た松雲の道中姿は、まず半蔵の目をひいた。
「この人が万福寺の新住職か。」
と半蔵は心の中で思わずにはいられなかった。和尚としては年も若い。
前へ
次へ
全473ページ中84ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング