》の名代《みょうだい》という改まった顔つきだ。
「お師匠さま。」
「君も来たのかい。御覧、翁塚のよくなったこと。あれは君のお父《とっ》さんの建てたんだよ。」
「わたしは覚えがない。」
半蔵が少年の鶴松を相手にこんな言葉をかわしていると、庄兵衛も思い出したように、
「そうだずら、鶴さまは覚えがあらっせまい。」
と言い添えた。
小雨は降ったりやんだりしていた。松雲和尚の一行はなかなか見えそうもないので、半蔵は鶴松を誘って、新茶屋の周囲を歩きに出た。路傍《みちばた》に小高く土を盛り上げ、榎《えのき》を植えて、里程を示すたよりとした築山《つきやま》がある。駅路時代の一里塚だ。その辺は信濃《しなの》と美濃《みの》の国境《くにざかい》にあたる。西よりする木曾路の一番最初の入り口ででもある。
しばらく半蔵は峠の上にいて、学友の香蔵や景蔵の住む美濃の盆地の方に思いを馳《は》せた。今さら関東関西の諸大名が一大|合戦《かっせん》に運命を決したような関ヶ原の位置を引き合いに出すまでもなく、古くから東西両勢力の相接触する地点と見なされたのも隣の国である。学問に、宗教に、商業に、工芸に、いろいろなものが
前へ
次へ
全473ページ中81ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング