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第二章
一
十曲峠《じっきょくとうげ》の上にある新茶屋には出迎えのものが集まった。今度いよいよ京都本山の許しを得、僧|智現《ちげん》の名も松雲《しょううん》と改めて、馬籠《まごめ》万福寺の跡を継ごうとする新住職がある。組頭《くみがしら》笹屋《ささや》の庄兵衛《しょうべえ》はじめ、五人組仲間、その他のものが新茶屋に集まったのは、この人の帰国を迎えるためであった。
山里へは旧暦二月末の雨の来るころで、年も安政《あんせい》元年と改まった。一同が待ち受けている和尚《おしょう》は、前の晩のうちに美濃《みの》手賀野《てがの》村の松源寺《しょうげんじ》までは帰って来ているはずで、村からはその朝早く五人組の一人《ひとり》を発《た》たせ、人足も二人《ふたり》つけて松源寺まで迎えに出してある。そろそろあの人たちも帰って来ていいころだった。
「きょうは御苦労さま。」
出迎えの人たちに声をかけて、本陣の半蔵もそこへ一緒になった。半蔵は父吉左衛門の名代《みょうだい》として、小雨の降る中をやって来た。
こうした出迎えにも、古い格式のまだ崩《くず》れずにあった当時には、
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