くお休みを願いたい、そうわたしが言いましてね。そこはお役人衆も心得たものでさ。お昼のしたくもあちらで差し上げることにして来ましたよ。」
 梅屋と本陣とは、呼べば応《こた》えるほどの対《むか》い合った位置にある。午後に、徒士目付《かちめつけ》の一行は梅屋で出した福草履《ふくぞうり》にはきかえて、乾《かわ》いた街道を横ぎって来た。大きな髷《まげ》のにおい、帯刀の威、袴《はかま》の摺《す》れる音、それらが役人らしい挨拶《あいさつ》と一緒になって、本陣の表玄関には時ならぬいかめしさを見せた。やがて、吉左衛門の案内で、部屋《へや》部屋の見分があった。
 吉左衛門は徒士目付にたずねた。
「はなはだ恐縮ですが、中納言《ちゅうなごん》様の御通行は来春のようにうけたまわります。当|宿《しゅく》ではどんな心じたくをいたしたものでしょうか。」
「さあ、ことによるとお昼食《ひる》を仰せ付けられるかもしれない。」
 婚礼の祝いは四日も続いて、最終の日の客振舞《きゃくぶるまい》にはこの慶事に来て働いてくれた女たちから、出入りの百姓、会所の定使《じょうづかい》などまで招かれて来た。大工も来、畳屋も来た。日ごろ吉左衛
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