》だなんて、早いものですね。わたしもこれで、平素《ふだん》はそれほどにも思いませんが、こんな話が持ち上がると、自分でも年を取ったかと思いますよ。」
「なにしろ、吉左衛門さんもお大抵じゃない。あなたのところのお嫁取りなんて、御本陣と御本陣の御婚礼ですからねえ。」
「半蔵さま――お前さまのところへは、妻籠の御本陣からお嫁さまが来《こ》さっせるそうだなし。お前さまも大きくならっせいたものだ。」
半蔵のところへは、こんなことを言いに寄る出入りのおふき婆《ばあ》さんもある。おふきは乳母《うば》として、幼い時分の半蔵の世話をした女だ。まだちいさかったころの半蔵を抱き、その背中に載せて、歩いたりしたのもこの女だ。半蔵の縁談がまとまったことは、本陣へ出入りの百姓のだれにもまして、この婆さんをよろこばせた。
おふきはまた、今の本陣の「姉《あね》さま」(おまん)のいないところで、半蔵のそばへ来て歯のかけた声で言った。
「半蔵さま、お前さまは何も知らっせまいが、おれはお前さまのお母《っか》様をよく覚えている。お袖《そで》さま――美しい人だったぞなし。あれほどの容色《きりょう》は江戸にもないと言って、
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