ました。」
 と客は言ったが、周囲に気を兼ねてすぐに切り出そうともしない。この先輩は歩き疲れたというふうで、上がり端《はな》のところに腰をおろした。ちょうど囲炉裏の方には人もいないのを見すまし、土間の壁の上に高く造りつけてある鶏の鳥屋《とや》まで見上げて、それから切り出した。
「実は、今、中津川から歩いて来たところです。君のお友だちの浅見(景蔵)君はお留守ですが、ゆうべはあそこの家に泊めてもらいました。青山君、こんなにおそく上がって御迷惑かもしれませんが、今夜一晩|御厄介《ごやっかい》になれますまいか。青山君はまだわたしたちのことを何もお聞きになりますまい。」
「しばらく景蔵さんからも便《たよ》りがありませんから。」
「わたしはこれから伊那《いな》の方へ行って身を隠すつもりです。」
 客の言葉は短い。事情もよく半蔵にはわからない。しかし変名で夜おそく訪《たず》ねて来るくらいだ。それに様子もただではない。
「この先輩は幕府方の探偵《たんてい》にでもつけられているんだ。」その考えがひらめくように半蔵の頭へ来た。
「暮田《くれた》さん、まあこっちへおいでください。しばらく待っていてください。
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