発駕《はつが》という日取りの通知まで来ているころだった。道橋の見分に、宿割《しゅくわり》に、その方の役人はすでに何回となく馬籠へも入り込んで来た。半蔵はこの山家に一橋公を迎える日のあるかと想《おも》って見て、上段の間を歩き回っていた。
「どれ、お大根でも干して。」
お民は出て行った。山家では沢庵漬《たくあんづ》けの用意なぞにいそがしかった。いずれももう冬じたくだ。野菜を貯《たくわ》えたり、赤蕪《あかかぶ》を漬《つ》けたりすることは、半蔵の家でも年中行事の一つのようになっていた。その時、半蔵は妻を見送ったあとで、彼女のそこに残して置いて行った言葉を考えて見た。深い窓にのみこもり暮らしているような継母のおまんが、しかも「わたしはもうお婆《ばあ》さんだ」を口癖にしている五十四歳の婦人で、いつのまに彼の志を看破《みやぶ》ったろうとも考えて見た。その心持ちから、彼は一層あの賢い継母を畏《おそ》れた。
数日の後、半蔵は江戸の道中奉行所《どうちゅうぶぎょうしょ》から来た通知を受け取って見て、一橋慶喜の上京がにわかに東海道経由となったことを知った。道普請まで命ぜられた木曾路の通行は何かの都合で模様
前へ
次へ
全473ページ中400ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング