多く焼失した。かろうじて持ち出したもの、土蔵の方へ運んであったものは残った。例の相州三浦にある本家から贈られた光琳《こうりん》の軸、それに火災前から表玄関の壁の上に掛けてあった古い二本の鎗《やり》だけは遠い先祖を記念するものとして残った。その時、吉左衛門は『青山氏系図』としてあるものまで取り出して半蔵の前に置いた。
「半蔵、お前も知ってるように、吾家《うち》には出入りをする十三人の百姓がある。中には美濃《みの》の方から吾家《うち》へ嫁に来た人に随《つ》いて馬籠に移住した関係のものもある。正月と言えば吾家《うち》へ餅《もち》をつきに来たり、松を立てたりしに来るのも、先祖以来の関係からさ。あの百姓たちには目をかけてやれよ。それから、お前に断わって置くが、いよいよおれも隠居する日が来たら、何事もお前の量見一つでやってくれ――おれは一切、口を出すまいから。」
 父はこの調子だ。半蔵の方でもう村方のことから街道の一切の世話まで引き受けてしまったような口ぶりだ。
 その日、半蔵は父のいる部屋《へや》から店座敷の方へ引きさがって来た。こういう日の来ることは彼も予期していた。長い歴史のある青山の家を引
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