は、木曾寄せの人足が七百三十人、伊那の助郷が千七百七十人、この人数を合わせると二千五百人からの人足が出ましたぜ。あの時、馬籠の宿場に集まった馬の数が百八十匹だったと思う。あれほどの御通行でも和宮さまの場合とはとうてい比べものにならない。今度のような大きな御通行は、わたしは古老の話にも聞いたことがない。」
「どうです。金兵衛さん、これこそ前代未聞でしょう。」
 と混ぜ返すものがある。金兵衛は首を振って、
「いや、前代未聞どころか、この世初まって以来の大御通行だ。」
 聞いているものは皆笑った。
 いつのまにか吉左衛門は高いびきだ。彼はその部屋《へや》の片すみに横になって、まるで死んだようになってしまった。
 その時になって見ると、美濃路から木曾へかけてのお継ぎ所でほとんど満足なところはなかった。会所という会所は、あるいは損じ、あるいは破れた。これは道中奉行所の役人も、尾州方の役人も、ひとしく目撃したところである。中津川、三留野の両宿にたくさんな死傷者もできた。街道には、途中で行き倒れになった人足の死体も多く発見された。
 御通行後の二日目は、和宮様の御一行も福島、藪原《やぶはら》を過ぎ、
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