ものはもはや若手の方に多かった。
十月の二十日は宮様が御東下の途に就《つ》かれるという日である。まだ吉左衛門は村へ帰って来ない。半蔵は家のものと一緒に父のことを案じ暮らした。もはや御一行が江州《ごうしゅう》草津《くさつ》まで動いたという二十二日の明け方になって、吉左衛門は夜通し早駕籠《はやかご》を急がせて来た。
京都から名古屋へ回って来たという父が途中の見聞を語るだけでも、半蔵には多くの人の動きを想像するに充分だった。宮様御出発の日には、帝にもお忍びで桂《かつら》の御所を出て、宮様の御旅装を御覧になったという。
「時に、送り荷はどうなった。」
という父の無事な顔をながめて、半蔵は尾州から来る荷物の莫大《ばくだい》なことを告げた。それがすでに十一日もこの街道に続いていることを告げた。木曾の王滝《おうたき》、西野、末川の辺鄙《へんぴ》な村々、向《むか》い郡《ぐん》の附知村《つけちむら》あたりからも人足を繰り上げて、継立ての困難をしのいでいることを告げた。
道路の改築もその翌日から始まった。半蔵が家の表も二尺通り石垣《いしがき》を引っ込め、石垣を取り直せとの見分役《けんぶんやく》から
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