の胸には木曾福島の役所から来た回状のことが繰り返されていた。それは和宮様《かずのみやさま》の御通行に関係はないが、当時諸国にやかましくなった神葬祭《しんそうさい》の一条で、役所からその賛否の問い合わせが来たからで。
 しかし、「うん、神葬祭か」では、寿平次も済まされなかった。早い話が、義理ある兄弟《きょうだい》の半蔵は平田門人の一人《ひとり》であり、この神葬祭の一条は平田派の国学者が起こした復古運動の一つであるらしいのだから。
「おれは、てっきり国学者の運動とにらんだ。ほんとに、あのお仲間は何をやり出すかわからん。」
 砂を盛り上げ的を置いた安土《あづち》のところと、十|間《けん》ばかりの距離にある小屋との間を往復しながら、寿平次はひとり考えた。
 同時代に満足しないということにかけては、寿平次とても半蔵に劣らなかった。しかし人間の信仰と風俗習慣とに密接な関係のある葬祭のことを寺院から取り戻《もど》して、それを白紙に改めよとなると、寿平次は腕を組んでしまう。これは水戸の廃仏毀釈《はいぶつきしゃく》に一歩を進めたもので、言わば一種の宗教改革である。古代復帰を夢みる国学者仲間がこれほどの熱
前へ 次へ
全473ページ中321ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング