所)だ。幸い九太夫の家は火災をまぬかれたので、仮に会所はそちらの方へ移してある。問屋場の事務も従来吉左衛門の家と九太夫の家とで半月交替に扱って来たが、これも一時九太夫方へ移してある。すべてが仮《かり》で、わびしく、落ち着かなかった。吉左衛門は半蔵に力を添えて、大工を呼べ、新しい母屋の絵図面を引けなどと言って、普請工事の下相談もすでに始まりかけているところであった。
 京都にある帝《みかど》の妹君、和宮内親王《かずのみやないしんのう》が時の将軍(徳川|家茂《いえもち》)へ御降嫁とあって、東山道《とうさんどう》御通行の触れ書が到来したのは、村ではこの大火後の取り込みの最中であった。
 宿役人一同、組頭《くみがしら》までが福島の役所から来た触れ書を前に置いて、談《はな》し合わねばならないような時がやって来た。この相談には、持病の咳《せき》でこもりがちな金兵衛までが引っぱり出された。
 吉左衛門は味噌納屋の二階から、金兵衛は上の伏見屋の仮住居《かりずまい》から、いずれも仮の会所の方に集まった。その時、吉左衛門は旧《ふる》い友だちを見て、
「金兵衛さん、馬籠の宿でも御通行筋の絵図面を差し出せとあ
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