たらしながら、半蔵が自分の家の入り口まで引き返して来た時は、ちょうど門内の庭|掃除《そうじ》に余念もない父を見た。
「半蔵が帰りましたよ。」
 おまんはだれよりも先に半蔵を見つけて、店座敷の前の牡丹《ぼたん》の下あたりを掃いている吉左衛門にそれを告げた。
「お父《とっ》さん、行ってまいりました。」
 半蔵は表庭の梨《なし》の木の幹に笠《かさ》を立てかけて置いて、汗をふいた。その時、簡単に、両村のものの和解をさせて来たあらましを父に告げた。双方入り合いの草刈り場所を定めたこと、新たに土塚《つちづか》を築いて境界をはっきりさせること、最寄《もよ》りの百姓ばかりがその辺へは鎌《かま》を入れることにして、一同福島から引き取って来たことを告げた。
「それはまあ、よかった。お前の帰りがおそいから心配していたよ。」
 と吉左衛門は庭の箒《ほうき》を手にしたままで言った。
 もはや秋も立つ。馬籠あたりに住むものがきびしい暑さを口にするころに、そこいらの石垣《いしがき》のそばでは蟋蟀《こおろぎ》が鳴いた。半蔵はその年の盆も福島の方で送って来て、さらに村民のために奔走しなければならないほどいそがしい思いを
前へ 次へ
全473ページ中297ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング