ぜ。もうすこし見合わせていたらどうです。」
「この雨にどうなりましょう。」と半蔵が継母のおまんも囲炉裏《いろり》ばたへ来て言った。「いずれ中津川からお迎えの人も見えましょうに、それまで見合わせていらっしゃるがいい。まあ、そうなさい。」
 雨のために、やむなく逗留《とうりゅう》する友だちを慰めようとして、やがて半蔵は囲炉裏ばたから奥の部屋《へや》の方へ香蔵を誘った。北の坪庭に向いたところまで行って、雨戸をすこし繰って見せると、そこに本陣の上段の間がある。白地に黒く雲形を織り出した高麗縁《こうらいべり》の畳の上には、雨の日の薄暗い光線がさし入っている。木曾路を通る諸大名が客間にあててあるのもそこだ。半蔵が横須賀の旅以来、過ぐる三年間の意味ある通行を数えて見ると、彦根《ひこね》よりする井伊掃部頭《いいかもんのかみ》、江戸より老中|間部下総守《まなべしもうさのかみ》、林大学頭《はやしだいがくのかみ》、監察|岩瀬肥後守《いわせひごのかみ》、等、等――それらのすでに横死したりまたは現存する幕府の人物で、あるいは大老就職のため江戸の任地へ赴《おもむ》こうとし、あるいは神奈川条約上奏のため京都へ急ごう
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