口へと潜むように伝わって来た。刺客はいずれも斬奸《ざんかん》主意書というを懐《ふところ》にしていたという。それには大老を殺害すべき理由を弁明してあったという。
「あの喜多村先生なぞが蝦夷《えぞ》の方で聞いたら、どんな気がするだろう。」
 と言って、思わず寛斎は宿の亭主と顔を見合わせた。
 井伊大老の横死《おうし》は絶対の秘密とされただけに、来たるべき時勢の変革を予想させるかのような底気味の悪い沈黙が周囲を支配した。首級を挙げられた大老をよく言う人は少ない。それほどの憎まれ者も、亡《な》くなったあとになって見ると、やっぱり大きい人物であったと、一方には言い出した人もある。なるほど、生前の大老はとかくの評判のある人ではあったが、ただ、他人にまねのできなかったことが一つある。外国交渉のことにかけては、天朝の威をも畏《おそ》れず、各藩の意見のためにも動かされず、断然として和親通商を許した上で、それから上奏の手続きを執った。この一事は天地も容《い》れない大罪を犯したように評するものが多いけれども、もしこの決断がなかったら、日本国はどうなったろう。軽く見積もって蝦夷はもとより、対州《つしま》も壱岐
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