ない。また、これほど当時の人たちの悩みを言いあらわした言葉もない。前者を主張するものから見れば攘夷は実に頑執妄排《がんしゅうもうはい》であり、後者を主張するものから見れば開港は屈従そのものである。どうかして自分らの内部《なか》にあるものを護《まも》り育てて行こうとしているような心ある人たちは、いずれもこの矛盾に苦しみ、時代の悩みを悩んでいたのだ。
 牡丹屋《ぼたんや》の裏二階からは、廊下の廂《ひさし》に近く枝をさし延べている椎《しい》の樹《き》の梢《こずえ》が見える。寛斎はその静かな廊下に出て、ひとりで手をもんだ。
「おれも、平田門人の一人として、こんな恐ろしい大獄に無関心でいられるはずもない。しかし、おれには、あきらめというものができた。」


「さぞ、御退屈さまでございましょう。」
 そう言って、牡丹屋の年とった亭主《ていしゅ》はよく寛斎を見に来る。東海道筋にあるこの神奈川の宿は、古いといえば古い家で、煙草盆《たばこぼん》は古風な手さげのついたのを出し、大きな菓子鉢《かしばち》には扇子形《せんすがた》の箸入《はしい》れを添えて出すような宿だ。でも、わざとらしいところは少しもなく、客
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