中津川から馬籠峠《まごめとうげ》を越え、木曾《きそ》街道を江戸へと取り、ひとまず江戸両国の十一屋に落ち着き、あの旅籠屋《はたごや》を足だまりとして、それから横浜へ出ようとした。木曾出身で世話好きな十一屋の隠居は、郷里に縁故の深い美濃衆のためにも何かにつけて旅の便宜を計ろうとするような人だ。この隠居は以前に馬籠本陣の半蔵を泊め、今また寛斎の宿をして、弟子《でし》と師匠とを江戸に迎えるということは、これも何かの御縁であろうなどと話した末に言った。
「皆さまは神奈川《かながわ》泊まりのつもりでお出かけになりませんと、浜にはまだ旅籠屋《はたごや》もございますまいよ。神奈川の牡丹屋《ぼたんや》、あそこは古くからやっております。牡丹屋なら一番安心でございますぞ。」
 こんな隠居の話を聞いて、やがて一行四人のものは東海道筋を横浜へ向かった。
 横浜もさみしかった。地勢としての横浜は神奈川より岸深《きしぶか》で、海岸にはすでに波止場《はとば》も築《つ》き出《だ》されていたが、いかに言ってもまだ開けたばかりの港だ。たまたま入港する外国の貿易船があっても、船員はいずれも船へ帰って寝るか、さもなければ神奈川
前へ 次へ
全473ページ中211ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング