土地征服者として、まずこの島国の人の目に映った。「人間の組織的な意志の壮大な権化《ごんげ》、人間の合理的な利益のためにはいかなる原始的な自然の状態にあるものをも克服し尽くそうというごとき勇猛な目的を決定するもの」――それが黒船であったのだ。
 当時この国には、紅毛《こうもう》という言葉があり、毛唐人《けとうじん》という言葉があった。当時のそれは割合に軽い意味での毛色の変わった異国の人というほどにとどまる。一種のおかし味をまじえた言葉でさえある。黒船の載せた外国人があべこべにこの国の住民を想像して来たように、決してそれほど未開な野蛮人をば意味しなかった。
 しかし、この国には嘉永年代よりずっと以前に、すでにヨーロッパ人が渡って来て、二百年も交易を続けていたことを忘れてはならない。この先着のヨーロッパ人の中にはポルトガル[#「ポルトガル」はママ]人もあったが、主としてオランダ人であった。彼らオランダ人は長崎|蘭医《らんい》の大家として尊敬されたシイボルトのような人ばかりではなかったのだ。彼らがこの国に来て交易からおさめた利得は、年額の小判《こばん》十五万両ではきくまいという。諸種の毛織り物
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