を迎えた。紅《あか》くはあるが、そうまぶしく輝かない。木曾の奥山に住み慣れた人たちは、谷間からだんだん明るくなることは知っていても、こんな日の出は知らないのだ。間もなく三人は千住《せんじゅ》の方面をさして、静かにその橋のたもとからも離れて行った。

       四

 千住から日光への往復九十里、横須賀への往復に三十四里、それに江戸と木曾との間の往復の里程を加えると、半蔵らの踏む道はおよそ二百九十里からの旅である。
 日光への寄り道を済まして、もう一度三人が千住まで引き返して来たころは、旅の空で旧暦十一月の十日過ぎを迎えた。その時は、千住からすぐに高輪《たかなわ》へと取り、札《ふだ》の辻《つじ》の大木戸《おおきど》、番所を経て、東海道へと続く袖《そで》が浦《うら》の岸へ出た。うわさに聞く御台場《おだいば》、五つの堡塁《ほうるい》から成るその建造物はすでに工事を終わって、沖合いの方に遠く近く姿をあらわしていた。大森《おおもり》の海岸まで行って、半蔵はハッとした。初めて目に映る蒸汽船――徳川幕府がオランダ政府から購《か》い入れたという外輪型《がいりんがた》の観光丸がその海岸から望まれた。
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