そこに旅らしい時を送った。髪を結綿《ゆいわた》というものにして、紅《あか》い鹿《か》の子《こ》の帯なぞをしめた若いさかりの娘の洗練された風俗も、こうした都会でなければ見られないものだ。国の方で素枯《すが》れた葱《ねぎ》なぞを吹いている年ごろの女が、ここでは酸漿《ほおずき》を鳴らしている。渋い柿色《かきいろ》の「けいし」を小脇《こわき》にかかえながら、唄《うた》のけいこにでも通うらしい小娘のあどけなさ。黒繻子《くろじゅす》の襟《えり》のかかった着物を着て水茶屋の暖簾《のれん》のかげに物思わしげな女のなまめかしさ。極度に爛熟《らんじゅく》した江戸趣味は、もはや行くところまで行き尽くしたかとも思わせる。
 やがて半蔵は佐吉を呼んだ。翌朝出かけられるばかりに旅の荷物をまとめさせた。町へは鰯《いわし》を売りに来た、蟹《かに》を売りに来たと言って、物売りの声がするたびにきき耳を立てるのも佐吉だ。佐吉は、山下町の方の平田家まで供をしたおりのことを言い出して、主人と二人で帰りの昼じたくにある小料理屋へ立ち寄ろうとしたことを寿平次に話した末に、そこの下足番《げそくばん》の客を呼ぶ声が高い調子であるには驚
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