のも板橋《いたばし》までで、巣鴨《すがも》の立場《たてば》から先は江戸の絵図にでもよるほかはない。安政の大地震後一年目で、震災当時多く板橋に避難したという武家屋敷の人々もすでに帰って行ったころであるが、仮小屋の屋根、傾いた軒、新たに修繕の加えられた壁なぞは行く先に見られる。三人は右を見、左を見して、本郷《ほんごう》森川宿から神田明神《かんだみょうじん》の横手に添い、筋違見附《すじかいみつけ》へと取って、復興最中の町にはいった。
「これが江戸か。」
 半蔵らは八十余里の道をたどって来て、ようやくその筋違《すじかい》の広場に、見附の門に近い高札場《こうさつば》の前に自分らを見つけた。広場の一角に配置されてある大名屋敷、向こうの町の空に高い火見櫓《ひのみやぐら》までがその位置から望まれる。諸役人は騎馬で市中を往来すると見えて、鎗持《やりも》ちの奴《やっこ》、その他の従者を従えた馬上の人が、その広場を横ぎりつつある。にわかに講武所《こうぶしょ》の創設されたとも聞くころで、旗本《はたもと》、御家人《ごけにん》、陪臣《ばいしん》、浪人《ろうにん》に至るまでもけいこの志望者を募るなぞの物々しい空気が
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