中一般人民に許された白木六千駄のかわりに、それを「御切替《おきりか》え」と称えて、代金で尾張藩から分配されて来た。これらは皆、歴史的に縁故の深い尾張藩が木曾山保護の精神にもとづく。どうして、山や林なしに生きられる地方ではないのだ。半蔵らの踏んで行ったのも、この大きな森林地帯を貫いている一筋道だ。
寝覚《ねざめ》まで行くと、上松《あげまつ》の宿の方から荷をつけて来る牛の群れが街道に続いた。
「半蔵さま、どちらへ。」
とその牛方仲間から声をかけるものがある。見ると、馬籠の峠のものだ。この界隈《かいわい》に顔を知られている牛行司《うしぎょうじ》利三郎だ。その牛行司は福島から積んで来た荷物の監督をして、美濃《みの》の今渡《いまど》への通し荷を出そうとしているところであった。
その時、寿平次が尋ね顔に佐吉の方をふりかえると、佐吉は笑って、
「峠の牛よなし。」
と無造作に片づけて見せた。
「寿平次さん、君も聞いたでしょう。あれが牛方事件の張本人でさ。」
と言って、半蔵は寿平次と一緒に、その荒い縞《しま》の回《まわ》し合羽《がっぱ》を着た牛行司の後ろ姿を見送った。
下民百姓の目をさまさせ
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