斎がそこに眠っていた。あだかも、自分で開拓した山村の発展と古い街道の運命とを長い目でそこにながめ暮らして来たかのように。
寿平次は半蔵に言った。
「いかにも昔の人のお墓らしいねえ。」
「この戒名《かいみょう》は万福寺を建立《こんりゅう》した記念でしょう。まだこのほかにも、村の年寄りの集まるところがなくちゃ寂しかろうと言って、薬師堂を建てたのもこの先祖だそうですよ。」
二人の話は尽きなかった。
裏側から見える村の眺望《ちょうぼう》は、その墓場の前の位置から、杉の木立《こだ》ちの間にひらけていた。半蔵は寿平次と一緒に青い杉の葉のにおいをかぎながら、しばらくそこに立ってながめた。そういう彼自身の内部《なか》には、父から許された旅のことを考えて見たばかりでも、もはや別の心持ちが湧《わ》き上がって来た。その心持ちから、彼は住み慣れた山の中をいくらかでも離れて見るようにして、あそこに柿《かき》の梢《こずえ》がある、ここに白い壁があると、寿平次にさして言って見せた。恵那山《えなさん》のふもとに隠れている村の眺望《ちょうぼう》は、妻籠《つまご》から来て見る寿平次をも飽きさせなかった。
「寿平次さ
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