その段御引き合い下されたく候こと。
[#ここで字下げ終わり]
 これは調停者の立場から書かれたもので、牛方仲間がこの個条書をそっくり認めるか、どうかは、峠の牛行司でもなんとも言えないとのことであった。はたして、水上村から強い抗議が出た。八月十日の夜、峠の牛方仲間のものが伏見屋へ見えての話に、右の書付を一同に読み聞かせたところ、少々|腑《ふ》に落ちないところもあるから、いずれ仲間どもで別の案文を認《したた》めた上のことにしたい、それまで右の証文は二人の牛行司の手に預かって置くというようなことで、またまた交渉は行き悩んだらしい。
 ちょうど、中津川の医者で、半蔵が旧《ふる》い師匠にあたる宮川寛斎が桝田屋《ますだや》の病人を見に馬籠《まごめ》へ頼まれて来た。この寛斎からも、半蔵は牛方事件の成り行きを聞くことができた。牛方仲間に言わせると、とかく角十の取り扱い方には依怙贔屓《えこひいき》があって、駄賃書き込み等の態度は不都合もはなはだしい、このまま双方|得心《とくしん》ということにはどうしても行きかねる、今一応仲間のもので相談の上、伏見屋まで挨拶《あいさつ》しようという意向であるらしい。牛方仲
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