けそうもない。中津川からは角十側の人が来る。峠からは牛行司の利三郎、それに十二兼村《じゅうにかねむら》の牛方までが、呼び寄せられる。峠の組頭、平助は見るに見かねて、この紛争の中へ飛び込んで来たが、それでも埓《らち》は明きそうもない。
半蔵が本陣の門を出て峠の方まで歩き回りに行った時のことだ。崖《がけ》に添うた村の裏道には、村民の使用する清い飲料水が樋《とい》をつたってあふれるように流れて来ている。そこは半蔵の好きな道だ。その辺にはよい樹陰《こかげ》があったからで。途中で彼は峠の方からやって来る牛方の一人に行きあった。
「お前たちもなかなかやるねえ。」
「半蔵さま。お前さまも聞かっせいたかい。」
「どうも牛方衆は苦手《にがて》だなんて、平助さんなぞはそう言ってるぜ。」
「冗談でしょう。」
その時、半蔵は峠の組頭から聞いた言葉を思い出した。いずれ中津川からも人が出張しているから、とくと評議の上、随分|一札《いっさつ》も入れさせ、今後無理非道のないように取り扱いたい、それが平助を通して聞いた金兵衛の言葉であることを思い出した。
「まあ、そこへ腰を掛けろよ。場合によっては、吾家《うち》の阿
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