くお休みを願いたい、そうわたしが言いましてね。そこはお役人衆も心得たものでさ。お昼のしたくもあちらで差し上げることにして来ましたよ。」
梅屋と本陣とは、呼べば応《こた》えるほどの対《むか》い合った位置にある。午後に、徒士目付《かちめつけ》の一行は梅屋で出した福草履《ふくぞうり》にはきかえて、乾《かわ》いた街道を横ぎって来た。大きな髷《まげ》のにおい、帯刀の威、袴《はかま》の摺《す》れる音、それらが役人らしい挨拶《あいさつ》と一緒になって、本陣の表玄関には時ならぬいかめしさを見せた。やがて、吉左衛門の案内で、部屋《へや》部屋の見分があった。
吉左衛門は徒士目付にたずねた。
「はなはだ恐縮ですが、中納言《ちゅうなごん》様の御通行は来春のようにうけたまわります。当|宿《しゅく》ではどんな心じたくをいたしたものでしょうか。」
「さあ、ことによるとお昼食《ひる》を仰せ付けられるかもしれない。」
婚礼の祝いは四日も続いて、最終の日の客振舞《きゃくぶるまい》にはこの慶事に来て働いてくれた女たちから、出入りの百姓、会所の定使《じょうづかい》などまで招かれて来た。大工も来、畳屋も来た。日ごろ吉左衛門や半蔵のところへ油じみた台箱《だいばこ》をさげて通《かよ》って来る髪結い直次《なおじ》までが、その日は羽織着用でやって来て、膳《ぜん》の前にかしこまった。
町内の小前《こまえ》のものの前に金兵衛、髪結い直次の前に仙十郎、涙を流してその日の来たことを喜んでいるようなおふき婆《ばあ》さんの前には吉左衛門がすわって、それぞれ取り持ちをするころは、酒も始まった。吉左衛門はおふきの前から、出入りの百姓たちの前へ動いて、
「さあ、やっとくれや。」
とそこにある銚子《ちょうし》を持ち添えて勧めた。百姓の一人《ひとり》は膝《ひざ》をかき合わせながら、
「おれにかなし。どうも大旦那《おおだんな》にお酌《しゃく》していただいては申しわけがない。」
隣席にいるほかの百姓が、その時、吉左衛門に話しかけた。
「大旦那《おおだんな》――こないだの上納金のお話よなし。ほかの事とも違いますから、一同申し合わせをして、お受けをすることにしましたわい。」
「あゝ、あの国恩金のことかい。」
「それが大旦那、百姓はもとより、豆腐屋、按摩《あんま》まで上納するような話ですで、おれたちも見ていられすか。十八人で二両二分と
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