いるらしい。おまんは土蔵の二階の方にごとごと音のするのを聞きながら梯子《はしご》を登って行って見た。そこに吉左衛門がいた。
「あなた、福島からお差紙《さしがみ》ですよ。」
吉左衛門はわずかの閑《ひま》の時を見つけて、その二階に片づけ物なぞをしていた。壁によせて幾つとなく古い本箱の類《たぐい》も積み重ねてある。日ごろ彼の愛蔵する俳書、和漢の書籍なぞもそこに置いてある。その時、彼はおまんから受け取ったものを窓に近く持って行って読んで見た。
その差紙には、海岸警衛のため公儀の物入りも莫大《ばくだい》だとある。国恩を報ずべき時節であると言って、三都の市中はもちろん、諸国の御料所《ごりょうしょ》、在方《ざいかた》村々まで、めいめい冥加《みょうが》のため上納金を差し出せとの江戸からの達しだということが書いてある。それにはまた、浦賀表《うらがおもて》へアメリカ船四|艘《そう》、長崎表へオロシャ船四艘交易のため渡来したことが断わってあって、海岸|防禦《ぼうぎょ》のためとも書き添えてある。
「これは国恩金の上納を命じてよこしたんだ。」と吉左衛門はおまんに言って見せた。「外は風雨《しけ》だというのに、内では祝言のしたくだ――しかしこのお差紙《さしがみ》の様子では、おれも一肌《ひとはだ》脱がずばなるまいよ。」
その時になって見ると、半蔵の祝言を一つのくぎりとして、古い青山の家にもいろいろな動きがあった。年老いた吉左衛門の養母は祝言のごたごたを避けて、土蔵に近い位置にある隠居所の二階に隠れる。新夫婦の居間にと定められた店座敷へは、畳屋も通《かよ》って来る。長いこと勤めていた下男も暇を取って行って、そのかわり佐吉という男が今度新たに奉公に来た。
おまんが梯子《はしご》を降りて行ったあと、吉左衛門はまた土蔵の明り窓に近く行った。鉄格子《てつごうし》を通してさし入る十一月の光線もあたりを柔らかに見せている。彼はひとりで手をもんで、福島から差紙のあった国防献金のことを考えた。徳川幕府あって以来いまだかつて聞いたこともないような、公儀の御金蔵《おかねぐら》がすでにからっぽになっているという内々《ないない》の取り沙汰《ざた》なぞが、その時、胸に浮かんだ。昔|気質《かたぎ》の彼はそれらの事を思い合わせて、若者の前でもなんでもおかまいなしに何事も大げさに触れ回るような人たちを憎んだ。そこから子に対
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