ろいろなめずらしい草を集めましたよ――じじばば(春蘭《しゅんらん》)だの、しょうじょうばかまだの、姫龍胆《ひめりんどう》だの。」
「やっぱり君と一緒に来てよかった。ひとりでいる時でも、君が来ていると思うと、安心してすわっていられた。」
二人が帰って行く道は、その路傍《みちばた》に石燈籠《いしどうろう》や石造の高麗犬《こまいぬ》なぞの見いださるるところだ。三|面《めん》六|臂《ぴ》を有し猪《いのしし》の上に踊る三宝荒神のように、まぎれもなく異国伝来の系統を示す神の祠《ほこら》もある。十二|権現《ごんげん》とか、神山霊神とか、あるいは金剛道神とかの石碑は、不動尊の銅像や三十三度供養塔なぞにまじって、両部の信仰のいかなるものであるかを語っている。あるものは飛騨《ひだ》、あるものは武州、あるものは上州、越後《えちご》の講中の名がそれらの石碑や祠《ほこら》に記《しる》しつけてある。ここは名のみの木曾の総社であって、その実、御嶽大権現である。これが二柱の神の住居《すまい》かと考えながら歩いて行く半蔵は、行く先でまごついた。
禰宜《ねぎ》の家の近くまで山道を降りたところで、半蔵は山家風なかるさん姿の男にあった。傘《からかさ》をさして、そこまで迎えに来た禰宜の子息《むすこ》だ。その辺には蓑笠《みのかさ》で雨をいとわず往来《ゆきき》する村の人たちもある。重い物を背負《しょ》い慣れて、山坂の多いところに平気で働くのは、木曾山中いたるところに見る図だ。
「オヤ、お帰りでございますか。さぞお疲れでございましょう。」
禰宜の細君は半蔵を見て声をかけた。山登りの多くの人を扱い慣れていて、いろいろ彼をいたわってくれるのもこの細君だ。
「御参籠のあとでは、皆さまが食べ物に気をつけますよ。こんな山家で何もございませんけれど、芹粥《せりがゆ》を造って置きました。落とし味噌《みそ》にして焚《た》いて見ました。これが一番さっぱりしてよいかと思いますが、召し上がって見てください。」
こんなことを言って、芹《せり》の香のする粥《かゆ》なぞを勧めてくれるのもこの細君だ。
温暖《あたたか》い雨はしとしと降り続いていた。その一日はせめて王滝に逗留《とうりゅう》せよ、風呂《ふろ》にでもはいってからだを休めて行けという禰宜の言葉も、半蔵にはうれしかった。
「へい。床屋でございます。御用はこちらでございますか。
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