けている。そこに積み重ねた材木がある。ここに木を挽《ひ》く音が聞こえる。寿平次らは本陣の焼け跡まで行って、そこに働いている吉左衛門と半蔵とを見つけた。小屋掛けをした普請場の木の香の中に。
 半蔵は寿平次に伴われて来た妻子をよろこび迎えた。会所の新築ができ上がったことをも寿平次に告げて、本陣の焼け跡の一隅《いちぐう》に、以前と同じ街道に添うた位置に建てられた瓦葺《かわらぶき》の家をさして見せた。会所ととなえる宿役人の詰め所、それに問屋場《といやば》なぞの新しい建物は、何よりもまずこの宿場になくてならないものだった。
 寿平次は半蔵の前に立って、あたりを見回しながら言った。
「よくそれでもこれだけに工事のしたくができたと思う。」
「みんな一生懸命になりましたからね。ここまでこぎつけたのも、そのおかげだと思いますね。」
 吉左衛門はこの二人《ふたり》の話を引き取って、「三年のうちに二度も大火が来てごらん、たいていの村はまいってしまう。まあ、吾家《うち》でも先月の三日に建前《たてまえ》の手斧始《ちょうなはじ》めをしたが、これで石場搗《いしばづ》きのできるのは二百十日あたりになろう。和宮《かずのみや》さまの御通行までには間に合いそうもない。」
 その時、寿平次が助郷願書の件で調印を求めに来たことを告げると、半蔵は「まあ、そこへ腰掛けるさ。」と言って、自分でも普請場の材木に腰掛ける。お民はそのそばを通り過ぎて、裏の立ち退《の》き場所にいる姑《しゅうとめ》(おまん)の方へと急いだ。
「寿平次さん、君はよいことをしてくれた。助郷のことは隣の伊之助さんからも聞きましたよ。阿爺《おやじ》はもとより賛成です。」と半蔵が言う。
「さあ、これから先、助郷もどうなろう。」と吉左衛門も案じ顔に、「これが大問題だぞ。先月の二十二日、大坂のお目付《めつけ》がお下りという時には、伊那の助郷が二百人出た。例幣使(日光への定例の勅使)の時のことを考えてごらん。あれは四月の六日だ。四百人も人足を出せと言われるのに、伊那からはだれも出て来ない。」
「結局、助郷というものは今のままじゃ無理でしょう。」と半蔵は言う。「宿場さえ繁昌《はんじょう》すればいいなんて、そんなはずのものじゃないでしょう。なんとかして街道付近の百姓が成り立つようにも考えてやらなけりゃうそですね。」
「そりゃ馬籠じゃできるだけその方針でやって
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