わさをしたり、十四代将軍(徳川|家茂《いえもち》)の御台所《みだいどころ》として降嫁せらるるという和宮様はどんな美しいかただろうなぞと語り合ったりしているところだった。
 いくらかでも街道の閑《ひま》な時を見て、手仕事を楽しもうとするこの女たちの世界は、寿平次の目にも楽しかった。織り手のお里は機に腰掛けている。お民はそのそばにいて同《おな》い年齢《どし》の嫂《あによめ》がすることを見ている。周囲には、小娘のお粂《くめ》も母親のお民に連れられて馬籠の方から来ていて、手鞠《てまり》の遊びなぞに余念もない。おばあさんはおばあさんで、すこしもじっとしていられないというふうで、あれもこしらえてお民に食わせたい、これも食わせたいと言いながら、何かにつけて孫が里帰りの日を楽しく送らせようとしている。
 その時、お民は兄の方を見て言った。
「兄さんは弓にばかり凝ってるッて、おばあさんがコボしていますよ。」
「おばあさんじゃないんだろう。お前たちがそんなことを言っているんだろう。おれもどうかしていると見えて、きょうの矢は一本も当たらない。そう言えば、半蔵さんは弓でも始めないかなあ。」
「吾夫《うち》じゃ暇さえあれば本を読んだり、お弟子《でし》を教えたりしですよ、男のかたもいろいろですねえ。兄さんは私たちの帯の世話までお焼きなさる方でしょう。吾夫《うち》と来たら、わたしが何を着ていたって、知りゃしません。」
「半蔵さんはそういう人らしい。」
 割合に無口なお里は織りかけた田舎縞《いなかじま》の糸をしらべながら、この兄妹《きょうだい》の話に耳を傾けていた。お民は思い出したように、
「どれ、姉さん、わたしにもすこし織らせて。この機《はた》を見ると、わたしは娘の時分が恋しくてなりませんよ。」
「でも、お民さんはそんなことをしていいんですか。」
 とお里に言われて、お民は思わず顔を紅《あか》らめた。とかく多病で子供のないのをさみしそうにしているお里に比べると、お民の方は肥《ふと》って、若い母親らしい肉づきを見せている。
「兄さんには、おわかりでしょう。」とお民はまた顔を染めながら言った。「わたしもからだの都合で、またしばらく妻籠へは来られないかもしれません。」
「お前たちはいいよ。結婚生活が順調に行ってる証拠だよ。おれのところをごらん、おれが悪いのか、お里が悪いのか、そこはわからないがね、六年
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