連れがあるから帰ります。二里ぐらいの夜道はわけありません。」
半蔵と寿平次とがこんな言葉をかわすころは、山で日が暮れた。四番目の土塚を見分する時分には、松明《たいまつ》をともして、ようやく見通しをつけたほど暗い。境界の中心と定めた樹木から、ある大石までの間に土手を掘る工事だけは、余儀なく翌日に延ばすことになった。
雨にさまたげられた日を間に置いて、翌々日にはまた両村の百姓が同じ場所に集合した。半蔵は妻籠からやって来る寿平次と一緒になって、境界の土手を掘る工事にまで立ち合った。一年越しにらみ合っていた両村の百姓も、いよいよ双方得心ということになり、長い山論もその時になって解決を告げた。
日暮れに近かった。半蔵は寿平次を誘いながら家路をさして帰って行った。横須賀の旅以来、二人は一層親しく往来する。義理ある兄弟《きょうだい》であるばかりでなく、やがて二人は新進の庄屋仲間でもある。
「半蔵さん、」と寿平次は石ころの多い山道を歩きながら言った。「すべてのものが露骨になって来ましたね。」
「さあねえ。」と半蔵が答えた。
「でも、半蔵さん、この山論はどうです。いや、草山の争いばかりじゃありません、見るもの聞くものが、実に露骨になって来ましたね。こないだも、水戸《みと》の浪人《ろうにん》だなんていう人が吾家《うち》へやって来て、さんざん文句を並べたあげくに、何か書くから紙と筆を貸せと言い出しました。扇子《せんす》を二本書かせたところが、酒を五合に、銭を百文、おまけに草鞋《わらじ》一足ねだられましたよ。早速《さっそく》追い出しました。あの浪人はぐでぐでに酔って、その足で扇屋へもぐずり込んで、とうとう得右衛門《とくえもん》さんの家に寝込んでしまったそうですよ。見たまえ、この街道筋にもえらい事がありますぜ。長崎の御目付《おめつけ》がお下りで通行の日でさ。永井《ながい》様とかいう人の家来が、人足がおそいと言うんで、わたしの村の問屋と口論になって、都合五人で問屋を打ちすえました。あの時は木刀が折れて、問屋の頭には四か所も疵《きず》ができました。やり方がすべて露骨じゃありませんか。君と二人《ふたり》で相州の三浦へ出かけた時分さ――あのころには、まだこんなじゃありませんでしたよ。」
「お師匠さま。」
夕闇《ゆうやみ》の中に呼ぶ少年の声と共に、村の方からやって来る提灯《ちょうちん》が半
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