を引き請け、暮れに五十両の無尽《むじん》を取り立ててその金は福島の方へ回し、二番口も敷金にして、首尾よく無尽も終会になったところで、都合全部の上納を終わったことを届けて置いてあった。今度、福島からその挨拶《あいさつ》があったのだ。
金兵衛《きんべえ》は待ち兼ね顔に、無事で帰って来たこの吉左衛門を自分の家の店座敷《みせざしき》に迎えた。金兵衛の家は伏見屋《ふしみや》と言って、造り酒屋をしている。街道に添うた軒先に杉《すぎ》の葉の円《まる》く束《たば》にしたのを掛け、それを清酒の看板に代えてあるようなところだ。店座敷も広い。その時、吉左衛門は福島から受け取って来たものを風呂敷《ふろしき》包《づつ》みの中から取り出して、
「さあ、これだ。」
と金兵衛の前に置いた。村の宿役人仲間へ料紙一束ずつ、無尽の加入者一同への酒肴料《しゅこうりょう》、まだそのほかに、二巾《ふたはば》の縮緬《ちりめん》の風呂敷が二枚あった。それは金兵衛と桝田屋《ますだや》の儀助《ぎすけ》の二人《ふたり》が特に多くの金高を引き受けたというので、その挨拶の意味のものだ。
吉左衛門の報告はそれだけにとどまらなかった。最後に、一通の書付《かきつけ》もそこへ取り出して見せた。
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「其方《そのほう》儀、御勝手《おかって》御仕法立てにつき、頼母子講《たのもしこう》御世話|方《かた》格別に存じ入り、小前《こまえ》の諭《さと》し方も行き届き、その上、自身にも別段御奉公申し上げ、奇特の事に候《そうろう》。よって、一代|苗字《みょうじ》帯刀《たいとう》御免なし下され候。その心得あるべきものなり。」
嘉永《かえい》六年|丑《うし》六月
[#地から2字上げ]三《みつ》逸作《いつさく》
[#地から2字上げ]石《いし》団之丞《だんのじょう》
[#地から2字上げ]荻《おぎ》丈左衛門《じょうざえもん》
[#地から2字上げ]白《しろ》新五左衛門《しんござえもん》
青山吉左衛門殿
[#ここで字下げ終わり]
「ホ。苗字帯刀御免とありますね。」
「まあ、そんなことが書いてある。」
「吉左衛門さん一代限りともありますね。なんにしても、これは名誉だ。」
と金兵衛が言うと、吉左衛門はすこし苦《にが》い顔をして、
「これが、せめて十年前だとねえ。」
ともかくも吉左衛門は役目を果たしたが、同時に勘定所の役人
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