へ来て静かにすわった。いくらかきまりわるげに、初めてあう客に挨拶《あいさつ》した。
「これが末ちゃんですか。」と、かつみさんは涙ぐまないばかりのなつかしそうな調子で言った。「まあ、叔母さんにそっくりですこと。」
「どうです、私の子供も大きくなりましたろう。」
「ほんとに。あの叔母さんがお達者でいらしって、今の末ちゃんたちを御覧なすったら、どんなでしょう。」
 土屋の甥《おい》の亡《な》くなったは、私の子供らの母さんが亡くなったのと同じ年にあたる。あの母さんが三十三、甥が三十七で没した。かつみさんの前ではあったが、つい私は甥のことなぞを言い出した。
「妙なものですね。三十台で亡くなった人は、いつまでも三十台でいるような気がしますね。その人が五十いくつになるとは、どうしても思われませんね。」
「でも、叔父さん、早く亡くなったものがいちばんつまりませんよ。長く生きていれば、こうしてまた叔父さんにお目にかかれるような日もまいりますもの。」
 その日はこんな話が尽きなかった。
 私の五十六という年もむなしく過ぎて行きかけていた。かつみさんのような人が訪《たず》ねて来てくれてもあの土屋の甥や子供ら
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