か》いたという幾枚かの習作の油絵を提《さ》げて出て来たが、元気も相変わらずだ。亡くなった本郷の甥とは同《おな》い年齢《どし》にも当たるし、それに幼い時分の遊び友だちでもあったので、その告別式には次郎が出かけて行くことになった。
「若くて死ぬのはいちばんかわいそうだね。」
 と、私は言って、新しい仏への菓子折りなぞを取り寄せた。私はまた、次郎や末子の見ているところでこころざしばかりの金を包み、黒い水引きを掛けながら、
「いくら不景気の世の中でも、二円の香奠《こうでん》は包めなくなった。お前たちのかあさんが達者《たっしゃ》でいた時分には、二円も包めばそれでよかったものだよ。」
 と言ってみせた。
 次郎はもはや父の代理もできるという改まった顔つきで出かけて行った。日ごろ人なつこく物に感じやすい次郎がその告別式から引き返して来た時は、本郷の親戚《しんせき》の家のほうに集まっていた知る知らぬ人々、青山からだれとだれ、新宿からだれというふうに、旧知のものが並んですわっているところで、ある見知らぬ婦人から思いがけなく声を掛けられたという話を持って帰って来た。
「どなたでございますか。」
「いやな次
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