勢をして、車のゆききや人通りの激しい外の町からこの私をおおい隠すようにした。
私たちはある町を通り過ぎようとした。祭礼かと見まごうばかりにぎやかに飾り立てたある書店の前の広告塔が目につく。私は次郎や末子にそれを指《さ》して見せた。
「御覧、競争が始まってるんだよ。」
紅《あか》い旗、紅い暖簾《のれん》は、車の窓のガラスに映ったり消えたりした。大量生産の機運に促されて、廉価な叢書《そうしょ》の出版計画がそこにも競うように起こって来たかと思いながら、日本橋《にほんばし》手前のある地方銀行の支店へと急いだ。郷里の山地のほうにいる太郎あてに送金するには、その支店から為替《かわせ》を組んでもらうのが、いちばん簡単でもあり、便利でもあったからで。日本橋の通りにあるバラック風な建物の中でも、また私たちはしばらく時を送った。その建物の前にある石の階段をおりたところで、私は連れの次郎や末子を見て言った。
「さあ、太郎さんへはお金を送った。これからは次郎ちゃんや三ちゃんの番だ。」
自動車が動くたびに私の子供に話したことがほんとうになって行った。「へたな洋食よりいい事がある」と私が誘い出した意味は、その時になって次郎にもわかって来た。私は京橋《きょうばし》へんまで車を引き返させて、そこの町にある銀行の支店で、次郎と三郎との二人《ふたり》のために五千円ずつの金を預けた。兄は兄、弟は弟の名前で。
私は次郎に言った。
「これはいつでも引き出せるというわけには行かない。半年に一度しかそういう時期は回って来ない。」
「そこはとうさんに任せるよ。」
私は時計を見た。どこの銀行でも店を閉じるという午後の三時までには、まだ時の余裕があった。私はその日のうちに四人の兄妹《きょうだい》に分けるだけのものは分け、受け取った金の始末をしてしまいたいと思った。そこは人通りの多い町中で、買い物にも都合がいい。末子は家へのみやげにと言って、町で求めた菓子パンなどを風呂敷包《ふろしきづつ》みにしながら、自動車の中に私たちを待っていた。
「末ちゃん、今度はお前の番だよ。」
そう言って、私は家路に近い町のほうへとまた車をいそがせた。
かなりくたぶれて私は家に帰り着いた。ほとんど一日がかりでその日の用達《ようたし》に奔走し、受け取った金の始末もつけ、ようやく自分の部屋《へや》にくつろいで見ると、肩の荷物をおろしたような疲れが出た。
私は、一緒に帰って来た次郎と末子を、自分のそばへ呼んだ。銀行へ預けた金の証書を、そこへ取り出して見せた。
「次郎ちゃん、御覧。これはもうお前たちのものだ。どうこれを役に立てようと、お前たちの勝手だ。これだけあったら、ちょっとフランスあたりへ行って見て来ることもできようぜ。まあ、一度は世界を見てくるがいい。このお金はそういうことに使うがいい。それまではとうさんのほうに預かって置いてあげる。」
子供を育てるには、寒く、ひもじく、とある人がかつて私に言ってみせたが、あれは忘れられない言葉として私の記憶に残っている。あまり多くを与え過ぎないように、そうかと言ってなるべく子供らが手足を延ばせるように。私も艱難《かんなん》に艱難の続いたような自分の若かった日のことを思い出して、これくらいのしたくは子供らのためにして置きたいと考えた。父としての私が生活の基調を働くことに置いたのはかなり旧《ふる》いことであること、それはあの山の上へ行って七年も百姓の中に暮らして見たころからであること、金《かね》の利息で楽に暮らそうと考えるようなことは到底自分ら親子の願いでないこと、そういう話までも私は二人《ふたり》の子供の前に言い添えた。
その時、末子は兄のそばに静かにいて、例のうつむきがちに私たちの話に耳を傾けたが、自分の証書を開いて見ようとはしなかった。私はそれを娘の遠慮だとして、
「末ちゃん、お前も御覧。もっと、よく御覧。お前の名前もちゃんとそこに書いてあるよ。」
と言って、その分け前を確かめさせた。
私たちの間には楽しい笑い声が起こった。次郎は、両手を振りながら、四畳半と茶の間のさかいにある廊下のところを幾度となく往《い》ったり来たりした。
「さあ、おれも成金《なりきん》だぞ。」
その次郎のふざけた言葉を聞くと、私はあわてて、
「ばか。それだからお前たちはだめだ。」
としかった。
もはや、私の前には、太郎あてに銀行でつくって来た為替《かわせ》を送ることと、三郎にもこれを知らせることとが残った。私も、著作に従事するものの癖で、筆執ることが仕事のようになっていて、手紙となるとひどくおっくうに思われてならない。でも、ほかの手紙でもなかった。私は太郎あてのものをその翌日になって書いた。
送金。
金五千円。
これは思いがけない収入があって、お前と、次郎
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