分で自分を励まして見たが、とう/\言はずに別れて了《しま》つた。どんなに丑松は胸の中に戦ふ深い恐怖《おそれ》と苦痛《くるしみ》とを感じたらう。どんなに丑松は寂しい思を抱《いだ》き乍《なが》ら、もと来た道を根津村の方へと帰つて行つたらう。
 初七日も無事に過ぎた。墓参りもし、法事も済み、わざとの振舞は叔母が手料理の精進《しやうじん》で埒明《らちあ》けて、さて漸《やうや》く疲労《つかれ》が出た頃は、叔父も叔母も安心の胸を撫下した。独り精神《こゝろ》の苦闘《たゝかひ》を続けたのは丑松で、蓮太郎が残して行つた新しい刺激は書いたものを読むにも勝《まさ》る懊悩《あうなう》を与へたのである。時として丑松は、自分の一生のことを考へる積りで、小県《ちひさがた》の傾斜を彷徨《さまよ》つて見た。根津の丘、姫子沢の谷、鳥が啼《な》く田圃側《たんぼわき》なぞに霜枯れた雑草を蹈《ふ》み乍ら、十一月上旬の野辺に満ちた光を眺めて佇立《たゝず》んだ時は、今更のやうに胸を流れる活きた血潮の若々しさを感ずる。確実《たしか》に、自分には力がある。斯《か》う丑松は考へるのであつた。しかし其力は内部《なか》へ/\と閉塞《とぢふさ
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